氏神参りとヘッドホン分解 [持ち物ダイエット日記]
穢れ(けがれ)という言葉は、その読みから転じて”汚れ”という意味に捉えられがちだ。
言葉のルーツは気枯れ(けがれ)、平易に言えば元気がなくなっている状態ということだ。
いきなり偉そうに言葉の講釈をしてしまったが、私も最近まで穢れ=汚れのイメージを持っていた。
私は8月から最近まで、夏の暑さや生活リズムの変わり様も手伝ってか、
何かしたいことがあってもグズグズしてやる気の起きない倦怠感や疲労感がぬぐえず、
コントロールしきれない自分のバイオリズムにちょっと参っていた。
自分の元気を取り戻すには、いったいどうしたらいいんだろう。
睡眠がとれていないわけでもなく、
何か強烈に悲しいことや辛いことがあったわけでもない。
神頼み、というわけでもないが、思うところあって氏神参りをすることにした。
これは自分の暮らしている地域を守っている近所の神社をお参りすることだ。
実を言うと、自分の意志で近所の神社にお参りのために足を運んだことは一度もなかった。
虫の知らせ、ということが本当にあるかどうかはわからないけども、
最近やけに私は虫を目にするし、虫との接触が増えている。
ついこの間も、
セセリという蝶は左肩に止まって休んじゃうし、指で軽くつついても逃げないずぶとさ。
カマキリは私の左肩を踏み台にして、前方へ飛んでいったりするし、
黒いカナブンは後ろから左肩にぶつかって当て逃げしていくし、
小さなクモは右腕を歩き回ってくすぐったかった。
氏神さまは虫を遣いに出して神社へ来るようにアプローチすることもあるという。
だから神社へ行く気になった、といえばそれこそなんとも虫のいい話だが、
目に見えない事を気にかけられる心の余裕まで失いたくはない。
とりあえず道すがら2社の神社を回り、挨拶をしてきた。
体調を戻してくれとか、イケメンにしてくれとか、
品のいい金持ちにしてくれとか、気立てのいい彼女と出会わせてくれとか、
そういうことは何も言わない。
ただ、手を合わせて挨拶と少しばかりの感謝をした。
そのあとスーパー銭湯へ行き、身体を洗って、ジェットバスにもまれ露天風呂に浸かり、
そしてサウナでひとしきり汗を流してきた。
風呂上がりにビンのコーヒー牛乳を飲み干す、というスタンドプレーもやってのけた。
その翌日、ひさびさになってしまった普段いる部屋の掃除をする気になり、掃除機を持ちだした。
掃除したいな~、と思いつつもやれずに過ごしてたまった部屋の汚れをとる。
掃除機のごみパックも(いまだパック式使用)新しいものに取り換えて掃除すると、
あっという間にパックにホコリや髪の毛やらのチリがたまり、
一度吸っちゃあ、ゴミを確認するというムダながら本人は楽しい作業を繰り返した。
床に置きっぱなしになっていた荷物も少し片付けると、明らかに部屋に居る気分が良くなった。
部屋のエネルギーも私同様に気枯れていたことがよくわかった。
そうなってやっと思い出す、古いモノの整理。
以前に新しいヘッドフォンを買った際、古いヘッドフォンはもう使わなくなることはわかっていた。
やる気のあるうちに処理しないと、エネルギー不足の今の私は後回しにしてしまう。
その分、処分することに吹っ切れるといやテンションがやけにハイになる。
確か中学生の頃、おこづかいで買った3000円くらいのヘッドフォンだ。
そのまま8年は使っただろうか。
イヤーパッドの革はメンテナンスを知らなかったこともあり、すでに全部はがれている。
しばらく放っておいたせいで微妙にカビ臭い。もう捨て時を過ぎているようだ。
捨てる前にちょっとイジってみたい。
分解だ。
バラバラにして廃棄物を細かくするとともに、別れを言い渡す。
ネジを外したり、パーツを抜いたり、
怪我しない範囲で分解した様子がこの写真だ。
スピーカーの振動を伝える膜がきれいだった。
押すとペコっと簡単にへこむ。
今まで御苦労さまでした。ヘッドフォンさん。おかげで色々な音楽を楽しむことができました。
ありがとうございました。引き続き、今のヘッドフォンを大切にします。
少し、持ち直してきた。
おめもじでした。
言葉のルーツは気枯れ(けがれ)、平易に言えば元気がなくなっている状態ということだ。
いきなり偉そうに言葉の講釈をしてしまったが、私も最近まで穢れ=汚れのイメージを持っていた。
私は8月から最近まで、夏の暑さや生活リズムの変わり様も手伝ってか、
何かしたいことがあってもグズグズしてやる気の起きない倦怠感や疲労感がぬぐえず、
コントロールしきれない自分のバイオリズムにちょっと参っていた。
自分の元気を取り戻すには、いったいどうしたらいいんだろう。
睡眠がとれていないわけでもなく、
何か強烈に悲しいことや辛いことがあったわけでもない。
神頼み、というわけでもないが、思うところあって氏神参りをすることにした。
これは自分の暮らしている地域を守っている近所の神社をお参りすることだ。
実を言うと、自分の意志で近所の神社にお参りのために足を運んだことは一度もなかった。
虫の知らせ、ということが本当にあるかどうかはわからないけども、
最近やけに私は虫を目にするし、虫との接触が増えている。
ついこの間も、
セセリという蝶は左肩に止まって休んじゃうし、指で軽くつついても逃げないずぶとさ。
カマキリは私の左肩を踏み台にして、前方へ飛んでいったりするし、
黒いカナブンは後ろから左肩にぶつかって当て逃げしていくし、
小さなクモは右腕を歩き回ってくすぐったかった。
氏神さまは虫を遣いに出して神社へ来るようにアプローチすることもあるという。
だから神社へ行く気になった、といえばそれこそなんとも虫のいい話だが、
目に見えない事を気にかけられる心の余裕まで失いたくはない。
とりあえず道すがら2社の神社を回り、挨拶をしてきた。
体調を戻してくれとか、イケメンにしてくれとか、
品のいい金持ちにしてくれとか、気立てのいい彼女と出会わせてくれとか、
そういうことは何も言わない。
ただ、手を合わせて挨拶と少しばかりの感謝をした。
そのあとスーパー銭湯へ行き、身体を洗って、ジェットバスにもまれ露天風呂に浸かり、
そしてサウナでひとしきり汗を流してきた。
風呂上がりにビンのコーヒー牛乳を飲み干す、というスタンドプレーもやってのけた。
その翌日、ひさびさになってしまった普段いる部屋の掃除をする気になり、掃除機を持ちだした。
掃除したいな~、と思いつつもやれずに過ごしてたまった部屋の汚れをとる。
掃除機のごみパックも(いまだパック式使用)新しいものに取り換えて掃除すると、
あっという間にパックにホコリや髪の毛やらのチリがたまり、
一度吸っちゃあ、ゴミを確認するというムダながら本人は楽しい作業を繰り返した。
床に置きっぱなしになっていた荷物も少し片付けると、明らかに部屋に居る気分が良くなった。
部屋のエネルギーも私同様に気枯れていたことがよくわかった。
そうなってやっと思い出す、古いモノの整理。
以前に新しいヘッドフォンを買った際、古いヘッドフォンはもう使わなくなることはわかっていた。
やる気のあるうちに処理しないと、エネルギー不足の今の私は後回しにしてしまう。
その分、処分することに吹っ切れるといやテンションがやけにハイになる。
確か中学生の頃、おこづかいで買った3000円くらいのヘッドフォンだ。
そのまま8年は使っただろうか。
イヤーパッドの革はメンテナンスを知らなかったこともあり、すでに全部はがれている。
しばらく放っておいたせいで微妙にカビ臭い。もう捨て時を過ぎているようだ。
捨てる前にちょっとイジってみたい。
分解だ。
バラバラにして廃棄物を細かくするとともに、別れを言い渡す。
ネジを外したり、パーツを抜いたり、
怪我しない範囲で分解した様子がこの写真だ。
スピーカーの振動を伝える膜がきれいだった。
押すとペコっと簡単にへこむ。
今まで御苦労さまでした。ヘッドフォンさん。おかげで色々な音楽を楽しむことができました。
ありがとうございました。引き続き、今のヘッドフォンを大切にします。
少し、持ち直してきた。
おめもじでした。
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